うまくいったものの

うまくいったものの・その1

僕が32歳だった時の話です。

とある業界団体の集まりに駆り出され、会場設営に講演の準備、会場案内に受付をしました。
いろんな地方や業種の人が集まるのですが、その中で若手向けのの分科会があり、そこで一緒のグループになったのが10歳年下の愛ちゃんでした。
愛ちゃんはその会社に就職してすぐに「とりあえず行ってこい」と言われてこの集まりに参加したようで、意見交換の時にも話についていけているかどうか微妙な感じでした。
いちおう同じグループの若手たちとは再会を約してメール交換をしたのですが、その集まりの後にメールの返事をくれたのは愛ちゃんだけ。
それからしばらくメールのやりとりをしていましたが、例の分科会で報告した近隣地域の異業種交流会に興味を持ったようで、それに関する質問やアドバイスなどで、メールですが交流が続きました。
本当は会って話せればいいのですが、愛ちゃんはとある地方の企業にお勤めなので簡単には会えません。

それから半年くらいして、偶然にも愛ちゃんの住んでいる県ではありませんが、その先の県に出張に行くことになりました。
そこで移動を前倒しして愛ちゃんに飲みの打診をしてみると、「是非」と。
出張の前の日に休暇を取り、そして僕にしては珍しく下心につられて勢いでホテルを2人分予約し、もちろんそういう流れにならない場合はツインの部屋を一人で広々と使うつもりで、会う約束をしたのでした。

当日の夕方、新幹線で現地入りしてホテルにチェックインし、夕方に駅前で愛ちゃんと合流。
記憶が少し薄れて顔が分かるか不安だったのですが、愛ちゃんの方から手を振ってくれたので助かりました。
予約してあった和風のお店で飲みましたが、話がかなり弾んで、1軒目でけっこう遅い時間まで飲んでしまいます。
幸い週末ではなかったので遅くまで居られたのですが、さてこの次どうするか。
2軒目といってもな・・ということで、思い切って「今日泊まるホテルのロビーでお話しよっか」と提案してみると、「はい、ぜひ」と。

ホテルまでは歩いて数分、ホテルのロビーの奥にある喫茶コーナーでドリンクを注文し、お話の続きをします。
今度は仕事の話ではなく、愛ちゃんの恋愛ばなしを聴くような場になりました。
雰囲気としては悪くないものの、さてこれからどうしたものか。
周囲にはすっかり宿泊客の姿も見えなくなり、小声で話す僕らの声がボソボソと響くようになりました。
するとホテルの方が恐る恐る・・という感じでやってきて、
「すみません、もう遅い時間ですので、そろそろお部屋にお戻りになられては」
と、ナイスな声掛けをしてくれるではありませんか。
それに便乗し、注意されて焦った風を装って「すみません、部屋に行きます」と愛ちゃんを促すと、酔っているのか事態を掴めないふうの愛ちゃんもエレベーターに乗ってついてきます。

部屋に入り、二人でベッドに腰掛けて、ぽつりぽつりと話をします。
なんとなく話が途切れ途切れになってきたので、思い切って本題に入ります。
「いきなりごめんね、実はお話したいことがあって」
「えっ、どうしたんですか?」
「実はさ、前に初めて会った時から、〇〇さん(愛ちゃんの苗字)のことが気になって、ずっとまた会いたいなと思ってたんだ」
「・・ありがとうございます、という答えで合ってます?」
少し驚いたようですが、酔ってるのとは違い、頬から耳の辺りをさっと赤くしつつ、愛ちゃんはふふっと笑います。

続けます。
「たまたま今日は出張があったから良かったけど、もう会うこともないと思うし、寂しいなって」
「・・・・」
愛ちゃんは耳を赤くしたまま少しうつむきました。
「今日、帰らないでいてくれるかな」
「・・・・」
ちょっと肩が動きましたが、顔を下に向けたまま、酔った頭で何か考えている様子。
「手、握っていい?」
「えっ・・まあ、手、くらいなら・・」
その返事と同時にずずっと愛ちゃんの左側に寄り、右手で愛ちゃんの左手の上に手を置きます。
一瞬ピクッとしたものの、左手をひっくり返して僕の右手を握ってきました。

(つづく)

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